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歯列矯正に年齢制限はある?60代・70代からでも治療できる条件を歯科医師が解説
「もう60代だから矯正は無理」と思っている方は少なくありません。しかし、歯列矯正には明確な年齢の上限は設けられていません。矯正治療は骨の中で歯を少しずつ動かす治療であり、その仕組みは何歳であっても基本的には同じです。
重要なのは年齢そのものではなく、歯・歯周組織・顎の骨の状態です。これらが一定の健康状態を保っていれば、60代・70代、さらには80代であっても矯正治療を開始することは可能です。近年では、中高年層から矯正治療について相談されるケースもみられます。
なお、30代・40代の成人矯正については「大人の歯列矯正と年齢の関係:30代・40代の基礎知識」もあわせてご参照ください。

執筆者プロフィール
副院長 沖田 直也(おきた なおや)
歯科医師/博士(歯学)
大阪歯科大学大学院にて歯科矯正学を専攻。矯正歯科領域の診療に従事しています。
治療を始める前に確認が必要な3つの要素

60代・70代の矯正治療において、年齢以上に重要なのが治療前の口腔内および全身の状態です。以下の3点が、治療の可否や計画に大きく影響します。
歯周病の状態
歯周病は歯を支える骨(歯槽骨)を溶かす疾患です。矯正治療は歯槽骨に力をかけて歯を動かすため、歯周病が活動している状態で矯正を行うと、歯周組織にさらなるダメージを与えるリスクがあります。60代以上では歯周病の罹患率が高くなる傾向があるため、矯正治療の前に歯周病の状態を精査し、必要であれば歯周治療を優先します。炎症がコントロールされた状態であることが、矯正治療を安全に進めるための前提条件です。治療開始後も定期的なメインテナンスを継続することが、歯周組織の安定を保つうえで重要になります。
全身疾患・服薬状況
糖尿病・高血圧・心疾患などの全身疾患は、治療後の回復や感染リスクに影響を与えることがあります。また、骨粗鬆症をはじめとする疾患の治療薬を服用・注射している場合は、歯科治療との関連で注意が必要なケースがあります。こうした背景がある方は、内科等の主治医と歯科医師が連携して治療の可否を判断することが重要です。初診時には服用中の薬や通院中の診療科について、正確に申告することが安全な治療につながります。
補綴物(インプラント・差し歯・入れ歯)の有無
60代以上では、すでに何らかの補綴治療を受けている方が多くいます。インプラントは歯根膜がないため矯正力では動かすことができません。一方で、インプラントを固定源として活用し、周囲の歯を効率よく動かす治療計画を立てられるケースもあります。差し歯(クラウン)は、健康な歯根と歯根膜があれば動かせるケースもありますが、状態によって異なります。こうした補綴物の種類・位置・状態を把握した上で、全体の治療計画を立てる必要があります。
60代・70代の矯正治療で起こりうるリスク

成人矯正には年齢を問わず一定のリスクが伴いますが、加齢によって発生しやすくなるリスクもあります。治療を検討する際には、これらのリスクについて担当医から十分な説明を受けた上で判断することが重要です。
治療期間の長期化
加齢に伴い骨の代謝が低下するため、若年層に比べて歯が動くスピードが遅くなる傾向があります。その結果、治療期間が長くなることがあります。治療期間が長くなるほど口腔内の管理も重要になるため、矯正治療中の定期的なクリーニングとセルフケアの徹底が求められます。
歯根吸収・歯肉退縮
矯正治療中に歯の根が短くなる「歯根吸収」や、歯ぐきが下がる「歯肉退縮」が生じることがあります。これらは成人矯正全般に起こりうるリスクですが、加齢によって歯周組織の回復力が低下しているため、リスクが高まる傾向があります。治療前の精査と、治療中の定期的な経過観察によってリスクを管理していくことになります。
ブラックトライアングル
歯並びが改善されて歯ぐきが引き締まることで、歯と歯の間に三角形の隙間(ブラックトライアングル)ができることがあります。加齢によってすでに歯ぐきが退縮している場合、矯正後にこの隙間がより目立ちやすくなることがあります。審美的な影響を気にされる方は、治療前に担当医に確認しておくとよいでしょう。
後戻り
治療後に歯が元の位置に戻ろうとする「後戻り」や「変化」は、矯正治療全般に存在するリスクです。加齢による骨密度の変化から、高齢者では特にリテーナー(保定装置)の継続的な使用が重要になります。治療終了後もリテーナーの装着を継続し、定期的に歯科医院でチェックを受けることが加齢変化や後戻りの予防につながります。
治療のゴール設定の考え方
60代・70代の矯正治療では、20代・30代とは治療の目的や優先順位が異なることがあります。
審美的な改善を目的とするケースもありますが、それと同等あるいはそれ以上に重視されるのが、咬合(噛み合わせ)の改善と清掃性の向上です。歯並びが整うことで歯磨きがしやすくなり、虫歯・歯周病・口臭のリスクを抑えることができます。また、噛み合わせの改善によって、食事のしやすさや口腔機能の維持につながる可能性があります。さらに、奥歯でしっかりと噛む習慣が脳への刺激となり、認知機能の維持に関連するという研究も報告されています。
何を目的として矯正治療を行うのか、どこまでの改善を目標とするのかを事前に担当医とすり合わせておくことが、高齢者の矯正治療では特に重要です。すべての歯を理想的な位置に動かすことよりも、生活の質の向上につながる現実的なゴールを設定することが、治療の満足度にも直結します。
歯科医院を選ぶ際の視点

60代・70代の矯正治療は、矯正単独で完結しないことが多くあります。歯周病治療・虫歯治療・補綴治療(インプラントやクラウンなど)を並行して行う必要があるケースも多いため、矯正だけでなくこれらを総合的に診られる体制が整っているかどうかが、医院選びの重要な視点のひとつとなります。
また、全身疾患や服薬状況がある場合には、かかりつけの内科医との情報共有が求められるため、そうした連携に慣れた歯科医師のもとで治療を受けることが望ましいといえます。初診時の問診や検査が丁寧に行われているか、治療計画について十分な説明があるかどうかも、医院を選ぶ際の判断材料になります。
まとめ
歯列矯正に明確な年齢制限はありません。ただし、60代・70代での矯正治療には、若年層とは異なる事前確認事項やリスクが存在します。歯周組織の状態・全身疾患・服薬状況・補綴物の有無など、複数の要素を総合的に評価した上で治療の可否・方針を判断することが必要です。
矯正治療を検討されている方は、まず歯科医師による口腔内の精査と、かかりつけの内科医との情報共有から始めてみるとよいでしょう。
執筆者・監修者

監修:歯科医師
沖田 亮介(日本口腔インプラント学会 専修医)
一般歯科および口腔外科領域を中心に臨床に従事している。

執筆:歯科医師(矯正歯科)
沖田 直也(歯学博士 / 日本矯正歯科学会 認定医)
歯科矯正学を専門に大学院で研究を行い、臨床および教育活動に従事している。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、治療効果や適応は個人差があります。具体的な診断や治療については歯科医師にご相談ください。